
この記事は、「とろ火書房」という名で出版活動をしていくなかで考えたこと、感じたことを記していく日誌です。どういう本をつくりたいのか、お金の悩み、具体的な企画のはなし…など、さまざま綴っていこうと思います。
第0回 / 第1回
<自己紹介>
安久都智史/Satoshi Akutsu
1995年関西生まれ。Webメディアの編集長などを経て、2023年に誰かと一緒に迷いつづけるための活動「とろ火」をはじめる。死生観をたずね歩いて記録したり、読書会をしたり、短歌を詠んだり、夜明けを散歩したり。流れている水と雲に惹かれる。妻と息子がだいすきです。
前回の日誌に書いたよう、本をつくっていくという具体的な諸々が想像できず、なにも手につかなくなってしまったので、とある印刷会社さんに問い合わせして、ありがたくもご相談させてもらうことになった。
リモートで仕事していたり、ライターをしていたりなので、会社さんを訪問して打ち合わせをするという行為自体が数年振り。よくわからない緊張を抱えながら、オフィスへと。
打ち合わせの部屋に案内してもらったのだけれど、印刷工場を通って向かう部屋で。大きな印刷機械、濃いインクの匂い、想像よりも遥かにどでかい紙、刷り具合を確かめている方…ここが、本ができあがっていく現場なのか、と改めて感じる。
子どものときから、当たり前のように本を読んできた。本はその形でそこにあるものでしかなかったし、昨年ZINEをつくったときもネット注文だったので、結局はできあがった形で送られてきたから、「本はつくられたものである」という事実を認識したことがなかった気がする。
そうか、本ってつくられたものなんだよな。途中、「紙やインクにとって最適な湿度温度にしているんですけど、人が心地良い環境と同じなんです」と教えてくれたことが、やけに印象に残っている。
そして、いざご相談。本の構想や悩んでることをお伝えし、いろんな見本を紹介してもらいながら、あれやこれやと教えてもらう。
「いいなと感じる本があれば持ってきてもらえると」とも言われていたので、内容というより、たたずまいが好きな本も5冊ほど持ってきていて、それらも見てもらいながらはなしていく。

こうして一冊一冊の造りをじっくり見ていくと、恥ずかしいくらいに“本”という物理的な存在を認識していなかったんだなと感じる。
同じ「白い紙」と言っても、赤みが強いもの、灰色がかったもの、ザラザラとしたものがあったり。
本の上部が不揃いになっていたり(天アンカットというらしい)。
同サイズだと思っていた2冊は、数ミリだけ違っていたり。
カバーがないけど、表紙を折り込んで強度を高める方法があったり。(小口折り製本)
いろいろ教えてください、とお伝えしたのもあり、印刷会社の方も「悩ませてしまうかもですけど、こういう本もあって…」とたくさん持ってきてくれる。
こんなこだわり方があるのか、こう見せるのもいいな、うわこれもアリなんや…と、あれやこれやと驚いて考えていたら、あっというまに1時間半。
とりあえず、仮も仮で仕様を決めて、いったんの金額感を知るために見積もりをお願いさせてもらって、打ち合わせは終了。
オフィスのドアから出ていくときには、悩みは深まったものの、心が踊っていた。
―――
実際に足を運んで相談させてもらってよかった。本づくりは、ものづくりなんだなと感じることができた。
寸法の数ミリの違いには、その本をつくった人のこだわりが詰まっている。他にも、表紙の紙、本文の紙、インクの色、カバーの有無、製本方法、フォントサイズ…
それら物理的な選択は、中身でもあることばたちとも相互的に関わってくる。本のたたずまいが異なれば、ことばの現れ方も変わる。
これまで読んできた本にも、無数のこだわりが隠されていて、それらは僕が気づかなかったとしても、知らず知らずのうちにその本が“その本”であることを支えていたのだと思う。
無数にある変数をひとつひとつ決めようと考えるたびに、「お前はどんな本をつくるんだ?」と問われている感覚になる。
その問いに頭を抱えつづけることを、本づくりでは試されているのかもしれない。
僕は、どんな本をつくるんだろう。
